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静岡浮月楼にて

大阪出張を終えて新幹線で途中下車して静岡の大学時代の友人と
徳川慶喜が晩年を過ごした『浮月楼』を訪ねました。
そして美味しい懐石料理と庭園散策をしました。
ここの主の徳川慶喜は家康から始まり15代目の将軍となるが
結果として彼の在位中に265年間続いた徳川を終わらせてしまう。
 
 ・京都の二条城の大広間で家臣を集め大政奉還を宣言する
 ・武力に勝るはずなのに鳥羽伏見の戦いで敗れる
 ・政府軍の大将であるのに大阪城から夜逃げする、しかも妾を連れて
 
オーナー社長を辞めて雇われ社長でも良いからと大政奉還の賭けを
したが見事にハズしたような感じがします。
 
やはり夜逃げはイメージが悪く、
新政府軍(薩長など)から排除され、徳川ゆかりの駿河(静岡)で隠遁
生活となったようです。
しかし、この地で二人の妾との間に約20人の子を授かり、絵やカメラなど
趣味人として1869年~1888年の約20年間この静岡浮月楼で生活をしていたようです。
育ちの良さなのか当時のままの状態で残されている庭園は京都
桂離宮などを少し小ぶりにした感じで趣味の良さが感じられました。
 
昼食の場所は本館の2階で窓が全面ガラスで眼下に庭園が眺められます。
まだ1月なのに温暖な静岡の理由なのか梅の花が3分程度咲いていました。
池には大きな多数の鯉が・・
 
昼間なのでノンアルコールビールで乾杯して洒落た(見て楽しめる)
懐石料理を頂きました。
 
終えて1階の広間に出ると係りの人が
 あそこに掲げていある書は伊藤博文公が来られた時に揮毫した書です
 と話されて少し時間を経て長州人とも、雪解けなのかなと思いました。 
その後、伊藤博文はハルビン駅で安重根に狙撃されてしまいます。
歴史は何が起きるか分かりませんね・・
 

 
20230118

その揮毫の書には『薫風閣』と書いてありました。
スマホのGoogleで調べたら
 
“初夏の温かな陽気の中、心地よい香りの南風が吹いて人も木も草も皆爽やかな気分になる”だそうです。
 
楽しい1日が過ごせました。