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安徽省宿州にて

上海での仕事を終えた週末、私は休暇を取り、南京経由で安徽省宿州に行きました。
南京は江蘇省の省都であり、明朝前半(1368年~1421年)では中国の首都(京師)
でもあったので中国人なら誰でも知る有名な都市ですが、
一方南京からほど近い安徽省『宿州』と聞くと大半の中国人は上海から近い
古鎮蘇州と聞き間違えます。
その原因は声調(Pinyin)がとても似ているからだと思います。

宿州(Sùzhōu)
蘇州(Sūzhōu)

見ると(u)の声調が宿州が四声で蘇州は一声との違いだけですが、
それとは別に根本的な理由は蘇州は江南エリアで最も有名な景勝地で

『上有天堂・下有苏杭』(天に楽園あり、地に蘇州と杭州あり)

と歌われる有名な観光地なので宿州(Sùzhōu)と聞いたら誰でも蘇州(Sūzhōu)と
思ってしまうのだろうと思います。

・宿州(Sùzhōu)・・そんなマイナーな場所に何故行くのか・?

昨年(2024年)の秋頃だったと思いますが、新聞の文芸欄にパールバックの『大地』に関するコラムと偶然出会いました。(記事の内容は忘れましたが・・)
パールバックの『大地』はとても有名ですから誰でも知っている小説だと思いますが私はまだ読んだことがありませんでした。
少し疑問に思い数名の友人にも聞いてみましたが、やはり私と同様でタイトルは知っているけど読んだことはないけど・・と
結果として私の身近では誰も読んだ人はいませんでした。
私はこの小説は漠然とアメリカ南北戦争あたりの農家の話なのでは・・
と思っていましたが新聞のコラムを読んで初めて「中国の話」だと知りました。
早々に有隣堂に行くと全4巻の長編だと知り取合えず1巻目を買い読み始めたら止まらなくなり、すぐに2巻、3巻、4巻を買い求め昨年の秋の夜長は『大地』と共に・・
となりました。

ここで少し『大地』の背景と概要に触れておきます。
パールバックの両親は宣教師で彼女の生後間もなく江蘇省鎮江(Zhènjiāng)に赴任します
結果として彼女は生後半年~40才(大学時代だけはアメリカに)中国で暮らします。
鎮江・・生後からアメリカ留学前後まで
宿州・・結婚後数年間
南京・・その後、南京(金陵)大学で教鞭の為に数年間
但し、その3カ所の町(村)はかなり近距離です(推定100キロ圏内、中国的感覚では近い?)
『大地』は宿州時代の体験をもとに書いた小説です。
この小説は宿州に住む貧しい農民・王龍(Wáng Lóng)一家3世代(約50年間)の話です。
時代背景は清朝末期のから辛亥革命あたりまで、歴史の教科書では見られない
中国のリアルな生の姿が見えてきます。
そして、その後この作品は1938年にノーベル文学賞を受賞します。

南京から宿州東駅までは高鉄で1時間ぐらいなので宿州には日帰りで行きました。
宿州東駅に着くと地方とは思えない大きな駅ですが下車する人はまばらで
客待ちのタクシーが10台近く並んでいました。
乗車して行き先を告げてるとベテラン風のタクシードライバーなのにパールバックの記念館を知りませんでした(だれも行かないのかも)
仕方なく宿州の中心部まで行くことにしましたが宿州東駅から1時間ちかくかかりました。
また移動中に景色を眺めると広大な畑の中ほどにポツンと新築マンション群(20棟前後)は見えました。
しばらく走ると同様な景色が既視感のように何度か繰り返されました。
・・明らかに誰も住んでいない(鬼城)ですね・・
中国の不動産バブルの負の遺産なのだろうと思います。(かなりマズいですね・・)
暫くすると30年前に私が初めて訪問した頃の匂いがし始めました。(懐かしいい・)
町の中心部らしき場所で下車してウロウロすると早々に町のランドマーク的な宿州記念病院が見つかりました。
その中に入るとすぐに2階建ての古い家(5~6LDK前後)が見つかりました。
で半分は診療所だったよな作りです。 ドアの側面に小さく

赛珍珠纪念馆(パールバック記念館)

との看板がありました。感動しました、かなり感動です・・
この家でパールバックは実体験を元に小説『大地』を書いたはずです。(雰囲気ある)
彼女パール・サイデンストリッカー(彼女の旧姓)は中国の
農業普及のために宣教師でもあった農業経済学者ジョン・ロッシング・バックと
結婚して、この場所で暮らしていたと思います。(娘を授かるがその後、離婚する)
娘(キャロル)は先天的知的障害でしたがパールバックは娘を大切に育て私財を投じ
アメリカで養護施設を作り、娘キャロルは72才で亡くなるまでその場所で幸福な生涯を過ごしました。
小説『大地』にも、娘キャロルを思わせる人物が登場します。

そして次に小説のモデルになった大地主「黄家」の跡地を探しにタクシーの乗りましたがタクシー運転手は・・明らかに(なんでそんな辺鄙なとこに行くのか・?)て顔つきでした
それでもナビ(中国のナビの精度は抜群)の指定の場所で降りました。

そこは時間とか発展とか改革開放とかその手とは無縁の文革のころのような場所でした(文革時代の中国は知りませんが?)

でもこの辺りが「黄家」の跡地(多分)だとすると主人公の王龍(Wáng Lóng)の妻になる阿蘭(Ā lán)が奴隷として働いていた場所ですね。
無口で働きもの阿蘭は6人の子供を産みます。
長男・・苦労がらずの道楽息子
次男・・ケチで金に縛られる
三男・・軍人になり私的軍隊を作る(孫が3部作の主人公として出てくる)
長女・・知的障害者(パールバックの娘を彷彿させる)
次女三女・・売られる(当時の中国では珍しくない・?)
大地は3部作で1部は王龍、2部は4人子供、3部は三男の子供(孫)の話です。
それぞれが土地(資産)をめぐり展開しますが、文革ですべてがゼロになります。

20250606

野良犬が眼の前を闊歩しています
(リードされて事がナイのかも)
道端に柘榴やモモがなっていました。
朽ちかけた古い家の畑の合間に点在しています。
昨年暮れに読んだ小説『大地』の世界が眼に前に広がりました
良かった・・来て良かった・・と呟きました。